【高知中央教会沿革】

高知中央教会は、日本基督教団 高知教会(本町5丁目)の長老信徒16名が、

1991年5月に県庁前の電気ビルで礼拝をささげたことに始まります。

1992年6月7日を創立記念日とし、本格的に教会としての働きを開始しました。

しばらくは、知寄町の賃貸事務所の一室を改装し礼拝を捧げてきましたが、

高知市北部地域に永遠の命の光を掲げるために、高知市前里362-1に新会堂を献堂し、

2014年10月26日よりこの地での福音伝道を開始いたしました。

 

私たちの教会-基本方針

高知中央教会は、16世紀の宗教改革によって始まったプロテスタントの教会です。高知県に

最初のプロテスタント伝道が行われたのは1878年(明11)5月のこと、アメリカからの宣教師

アッキンソンが、板垣退助との関係で来高したことによります。当時の高知県の政治は、地方

自治を重んじようとしており、板垣退助は1874年(明7)に立志社を設立し、自由民権運動の

中心的人物となりました。この板垣退助の好意を得て開始された高知伝道は、1884年(明17)

フルベッキ、タムソン、ナックス、ミロルという宣教師や植村正久を迎えて盛んに演説会を行

い、ついに1885年(明18)5月15日、片岡健吉、坂本直寛、武市安哉ら21名によって高知教会

が設立されました。

この高知教会の誕生に関わった宣教師たちは、アメリカの改革派の教会に所属しており、この

高知教会を中心として、高知県一帯に立てられた教会は、多くが改革派の流れを汲む教会とな

っています。従って、高知中央教会も、日本基督教団に所属する教会の中で、改革派の伝統を

引き継ぐ教会として、何よりも聖書の言葉を重んじながら福音を宣べ伝えています。

 高知中央教会の玄関ドアや天窓には、麦の穂が描かれたガラス絵がはめ込まれています。

この麦の穂は聖書の言葉にちなんだものです。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒

のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」-(ヨハネ12:24)。この聖書の言葉から、

麦の穂の絵が描かれました。

一粒の麦は、神の子イエス・キリストのことを指しています。イエス・キリストは、罪のない

神の子でありながら人となり、わたしたち罪びとの身代わりとなって、十字架上に命を献げ

てくださいました。このイエス・キリストの罪の贖いの死を感謝して受け入れる者に、イエス・

キリストの復活の命が注がれます。イエス・キリストの復活の命を受け、永遠の命の実を結ぶ

者として神の祝福がもたらされるところ、それがわたしたちの教会、高知中央教会です。

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